2013年01月06日

一部の大人のための童話3 穐

久しぶりの大人童話更新。
このまま今年中に完成させたい…。
まだ一月だし、なんとか……うん。


以前ふみさんにご了解いただいたので、レオンさんイメージで魔女夫を書かせていただきました。
大変遅くなりましたが、ふみさんありがとうございました!



*************
 森の中で長い年月を過ごした王子様の身体は、見違えるほどに大きく、逞しく成長していました。背丈も魔女より頭二つ分程高くなり、とっくの昔に変声期を迎えた声は、低い大人のものです。王子様は、立派な青年になっていました。
 古くなり、壊れかけていた柵を新しい板で補強していた王子様は、近づいてくる気配に顔を上げました。そこには、もうずっと一緒に住んでいる魔女が立っていて、にっこりと微笑みかけてきました。
(ありがとう、おうじさま。そろそろ、おひるにしましょう)
 それに、王子様は頷いて立ち上がりました。家や畑の周囲に廻らせた柵は、もう殆ど修理が終わっていました。
 魔女は、相変わらず声を出すことができない呪いにかかったままです。葉に浮かび上がらせる文字で、王子様と会話します。かつて、王子様は家をよく訪れる商人に魔女の呪いについて訊いてみたことがありました。王子様が知る限り、魔女に近しい人間はその商人くらいだったからです。商人は、魔女が近くにいないことを確認してから、こっそりと王子様に昔話をしてくれました。
 ――昔むかし、魔女はある男と結婚していたそうです。草木と会話する魔女は近くの村人たちからは恐れられていましたが、その男だけは魔女の味方でした。その男は商人をしていて、時折魔女の元を離れて地方を回っては、お金や食料を持って帰ってきて、それを糧に二人で慎ましく暮らしていたそうです。魔女も、そんな生活を幸せに感じていました。
 しかし、ある日のことです。その頃、魔女たちが住む地域では飢饉が起きていました。そこで男は、少し遠くの町まで商売と買い出しに行っていました。いつもより長い期間、森の中で一人で過ごさなければならないことは魔女にとって淋しいことでしたが、しかし夫の無事を祈りながら、魔女は残り少ない食事の量も控えて日々を過ごしていました。
 男は帰れる日の目途がつくと、いつも魔女に手紙を出していました。いつも通りその手紙を受け取った魔女は、予定の日になると大切にとっておいた夫の好物を用意して待っていたそうです。しかし、日が暮れても男は帰ってきません。心配になった魔女は、男がいつも帰り道に通る近くの町の方へと行ってみました。そして森の出口に差し掛かったとき。そこで――変わり果てた姿となった男を見つけました。
 優しい夫でした。楽しい夫でした。笑うと、少し細い目が狐のようで可愛い笑顔を作る夫でした。文字の読み書きができない彼女にそれを教えてくれたのは彼でした。町の人々の投石から魔女を護り、落ち込んで泣く彼女のことを抱き締めて、いろいろな場所の話をしてくれる夫でした。強欲な宝石商の話、取引場所であったちょっとした事件、愉快な船乗りたちの話。彼の実家の話をしてくれたこともあります。二人の弟がいるのだと、それは楽しそうに、それはそれは愛おしそうに話すのでした。そんな彼の話を聞いている間に、いつの間にか落ち込んでいた気分は消え、魔女も声を出して笑っているのでした。
 ――そんな彼が、獣に噛まれたような跡が無数に残る哀れな姿になっていました。町にまだこんなに近い場所なのに、どうしてと魔女はその場で泣き崩れました。獣に襲われた男は、きっと悲鳴を上げたに違いありません。助けを求めたに違いありません。なのに、どうして……。そして、魔女は気がつきました。商売を終えて帰ってきたはずの夫の荷物が、どこにも見当たりません。獣が持って行った? それにしては、引きちぎった跡もない。もしかして……。
 ――それから、彼女は本当の「魔女」になりました。嘆いて枯れた声の代わりに、魔法の力を手に入れました。自分と同じ、ひとりぼっちな子供を攫い、自分の家で育てるようになりました……。
 「俺もその一人だよ」と、話をしてくれた商人は言いました。話に出てきた魔女の夫に、少しだけ似ている男。商人との間に子供がいなかった魔女は、その代替を攫ってきた子供たちに求めたのでしょうか。
「だけど、俺も含めて皆、大きくなる頃には魔女の家を出て行った。皆、魔女には感謝していたけれど、小さい頃は自分なんて一人ぼっちだって思っていたけれど、大きくなればそうじゃなかったってことを知って……自分の場所へと帰って行った」
 仲違いしていた家族。心を許せない友人。――成長することで、勘違いに気が付いたり、相手を許せる懐を持ったり、それでなくても新しい居場所を探すことができたりするようになる。そう、商人は言いました。
 ――昼食の用意をする魔女の姿は、王子様を攫ったときから少しも変わりません。夫を失ったその日から、おそらくずっと変わっていないのでしょう。その日から、彼女は本物の「魔女」になったのですから。
 彼女の夫であった男の墓を、王子様は知っていました。商人の話を聞いてから、なんとなく探していたのです。それは、すぐに見つかりました。家の裏側――魔女が一番多くの花を植えている小さな丘。そこが、かつて彼女の夫だった人の墓でした。王子様がそのことを確認したとき、魔女は何も言わず、ただ小さく微笑むだけでしたが。
 王子様が座る席の前に、魔女がサラダに固焼きパン、それから野菜がたっぷ入ったクリームスープを差し出します。
(どうぞめしあがれ)
 彼女は笑顔で話をします。葉の上に、かつて夫から教わった文字を浮かべて。
 王子様はスープにパンを浸して、大きな口を開けてそれを食べました。魔女はそれを、嬉しそうに見つめていました。




posted by 穐 壱 at 22:33| Comment(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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