2013年01月06日

「蠢動」12  穐

すっごおおく久しぶりになりましたが、メインであるはずのロート本編更新です。
長かった軍モノ動乱編「蠢動」最終話です。


ちなみに「蠢動」1話はこちら




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「――報告は、以上です」
 ツキヤの言葉に、チハヤは「そう」と頷いた。
 先日まで市井に紛れて任務を行っていたツキヤの髪は、既に赤毛に戻っている。もとより、然程強い染料で染めたわけではないから、自然と色が落ちたのだろう。その赤に、今頃部屋で拗ねているであろう異母弟を重ねる。今日は本来、勉強を見てやる約束をしていたのだが、任務から戻ったツキヤが報告に来たため、後日ということになってしまった。この報告を聞き終えたら、ご機嫌伺いにでも行くかと表情に出さず苦笑する。
「つまり、アジュガもティオフィット卿も無事なわけだね?」
「はい。申し訳ありません」
 深々と頭を下げるツキヤに「怒ってなどいないよ」と微笑む。
「今朝、連絡があってね。ティオフィット卿は隠居して、ご子息が新たな当主となるそうだ。思うところでもあったんだろうね。このことを知ったら、彼のお仲間たちも、何が起きたのかわかるだろう」
 「これで、あの子に害は及ばないだろうね」と、チハヤはにこりと笑みを深くした。
「では……もう、ティオフィット卿……いえ、元、とお呼びするべきでしょうが……とにかく彼のことは御赦しになるおつもりですか?」
「そうだね……正直、彼の持つ権力と財力は、まだ国の地盤が不安定な今、こちらにも有利に働く。始末をしてしまうよりは、恩を売って仲間にした方が、結果的に良いのかもしれないね」
 「そうですか」と頷くツキヤに、表情はない。
「あぁ。でも、監視はつけようか。二度と、馬鹿なことは考えないようにね」
「では、アジュガは如何しますか? 今回のことで、何か余計なことをしでかすかもしれません」
「たかだか貧民共が喚いたところで、誰が相手にすると思う?」
 どこまでも軽い調子で、チハヤが笑う。それに、ツキヤは「差し出がましいことを」頭を下げた。
「それよりも問題は、君の仕事を邪魔した奴らの方だろう。三人……だった、かな? 彼らは、このまま野放しにしておいたら、有害そうかい?」
 頭を下げたままのツキヤは、答えに逡巡戸惑いを見せたようだった。一呼吸置いてから、「いえ……」と緩く首を振り、頭を上げる。
「それは、ないと思われます。一人は、なんの力もない下っ端のようでしたし、もう一人は、王命の名を出すとこちらへの戦意を失いました。問題は残る一人ですが……こちらも、目先のことに捉われる性質のようで、体制に反逆するなど大それたことは考えられなさそうな男です」
 あんまりと言えばあんまりなツキヤの物言いに、「そう」とチハヤは笑い、
「わかった。なら、彼らの扱いについては君に任せるよ。それが、今回の失敗へのペナルティーだ。いいかい?」
「御意」
 ――これで、目下の心配事はほとんど消えたようなものだ。満足気に、チハヤは頷く。城内の警戒態勢も、これで解くことができるだろう。アマツに、これ以上窮屈な思いをさせないで済む。
 そう、一人考えているときだった。遠慮がちなノックが、分厚い扉の向こうから聞こえてきた。「お入り」とチハヤが声をかけると、執務室の扉が開かれ、衛兵が入ってきて敬礼をした。
「閣下、お客様です。大司教猊下のご子息を名乗る方が」
「あぁ……わかった。お通しして差し上げて。そろそろ、いらっしゃる頃だろうとは思っていたんだ」
 穏やかなチハヤの言葉に、衛兵は「畏まりました」と部屋を出て行く。分厚い扉が、再び閉じられた。
「……閣下、大司教猊下のご子息とは?」
 好奇心が抑え切れなかったのだろう――ツキヤがそう、遠慮がちに訊ねてくるのに、チハヤは少しだけ笑いながら「養子だよ」と答えた。
「大司教猊下は、慈悲深いことに大勢の孤児を引き取って育ててらっしゃるんだ。その内の一人と、留学先で友人になってね。お互い国に戻ったら会う約束をしていたのだけど……ずっと、慌しかったからね。それが、今日訪ねてきてくれたんだろう」
 なるほど、とツキヤが頷く。
「では、私は失礼いたします」
「あぁ、ご苦労さま。例の三人のこと、任せたよ」
 頭を下げ、ツキヤが出て行く。その後ろ姿を見送ってから、「さて……」とチハヤは笑みを消した。
 ややして、足音が二人分近づいてくる。ノックがあり、「お客様をお連れしました」と声が聞こえる。それに、「どうぞ」と答えると、扉の向こうから先ほどの衛兵と、見覚えのある男が一人やって来た。衛兵を労い、下がらせ、そして来客に向き直る。にこりと、出来るだけ友好的に見える笑みで。
「よく来たね。でも、君が大司教猊下の息子だと名乗るなんて珍しいんじゃないかい? クタミ・エルティス神父?」
 クタミは、常のようにどこか困った様子に見える笑みを浮かべたまま、「名前だけ名乗ったんじゃ、チハヤのところには通してもらえないと思ったから」と答えた。
「話が、どうしても聞きたくて……それで来たんだ」
 内容は大方見当付いたが、「一体何のことだい?」と、チハヤは敢えて訊ねた。クタミの眉が余計、八に近い形になり、表情からは曖昧に浮かんでいた笑みが消えた。
「……今回の件、俺なりに、いろいろ考えたんだけど……アジュガの本拠地を俺の教会に指定したのは、チハヤなんでしょう? “高貴な”方々の中で、俺のことをよく知ってるのは、チハヤくらいだし。……どうして……そんなことをしたの?」
 予想通りの言葉。クタミは意気地はないが、頭の回転は決して悪くない。この男なら、その推論に辿りつくのではないのだろうかと、計画当初から思ってはいた。なんとなく笑い出したくなる気分を押し込め、チハヤは口を開いた。
「君を、信じてたからだよ」
「……俺を?」
 クタミの表情が、益々懐疑的になる。それを面白く思いながら、言葉の調子を変えず、「あぁ」と穏やかにチハヤは微笑んだ。
「君なら、きっとアジュガについて知っても余計な口は挟まない。誰かに相談することもしない。むしろ、アジュガのメンバーの秘密をより守ろうと努力するだろう? なにせ、君は面白いくらいにお人好しだからね。何せ、もっと良い場所の祭司になる条件だってあったのに、それを蹴ってほとんど貧民階級ばかりの集う荒れた教会を選んだくらいだ。それに、アジュガのメンバーの構成や性質を考えても、君の教会を指定するのが、彼らも一番納得すると思ったしね」
「………」
 クタミは口元を引き結んだままだったが、内心では何か言い返したいのだろう。訴えるような目を、こちらに向けてくる。それを無視して、チハヤは手元の紅茶を予備のカップに注いだ。にこりと微笑んで、いまだに入口の前に佇む旧友に空いている席を示す。
「さぁ。久しぶりに会えたんだ。そんなところにいつまでもいないで、紅茶でもお飲み。つもる話もあるだろう。今までのことも……これからのことも」
 最後に付け加えた一言に、クタミがはっと顔を上げる。眉を力なく下げ、しかし薄い色をした瞳にはめいっぱいの力を込めながら、唇を戦慄かせてチハヤを凝視する。
「……チハヤは……まだ、俺を利用しようとしているの? 今回の件だけじゃなく……また……」
 「利用だなんて」とチハヤが苦笑する。
「人聞きの悪いことを言わないで欲しいな。……ただ、協力して欲しいだけだよ。友人の君に」
「………」
 言外に求められていることを悟ってか、クタミの表情は優れない。
 クタミの性格と能力は、学友時代にあらかた把握しているつもりだ。誰にでも優しく、腰が低く丁寧で、そして頼まれ事に否と言えないお人好し――知識とそれを活かすだけの能力を持ち合わせ、更には「大司教のお気に入りの義息子」という協力な後ろ盾がある立場にもかかわらず、卑屈ともとられがちな性格のためにそれらを全て腐らせている。
 だから、自分がそれを代わりに上手く発揮させてやれば――。
「別に、いますぐどうして欲しいという話じゃない。ただ、この先もこの国を発展させていくため、必要なときに、陛下に力添えして欲しいと思っているだけだよ。君のできる範囲でね」
 ――こういう言い方をすれば、否と言える彼ではない。
 案の定、少し悩んだあとクタミはゆっくりとうなずいてみせた。それだけで、チハヤには満足だ。笑みを浮かべながら、再び座席を示す。
「君の友情をありがたく思うよ。さぁ、いいかげんお座りよ。紅茶を飲みながら、楽しく語り合おうじゃないか」

***

「よいしょ……っと」
 小さく掛け声をかけながら、軍服の袖に腕を通す。数日ぶりに着た軍服は、それでも身体によく馴染んでいて、サクヤを安心させた。左手の傷は未だに引き攣るものの、ひどい痛みは引いている。実務はともかくデスクワーク程度なら支障はないだろう。
 小さくノックが聞こえて、それに応えると、アヤセが入ってきた。アヤセは軍服を着たサクヤを見ると目を見開き、次いで心配そうに眉を寄せる。
「もう……動いて大丈夫なんですか? まだ、もう少し休んでいた方が……」
 心配性な育ての親に、「だいじょーぶだよ」と笑ってみせ、左腕をぶんぶん振り回してみせる。あの日、貧血で倒れて帰ってきたサクヤを見たアヤセは、ひどい取り乱しようだったと、見舞いに来たときにリュウが言っていた。
(本当に、仕事以外では心配性なんだから)
 養父の困ったところでもあり、またサクヤにとって嬉しいところでもある。今も、「怪我している手をそんなに振り回すんじゃありませんっ」と慌てて注意してくる。
「大丈夫だって。大事にしすぎるとかえって動けなくなっちゃうし。今も、そんなに痛くないもん」
「ですが……縫う必要のあるくらいの傷だったのに……」
 そう言ってくるアヤセの顔は普段の冷静さなどどこかへ遣り、やや目を潤ませている程だ。アヤセがあの日以来、自分を責め続けているのはサクヤもよく知っている。自分は何もできなかった、せめて傍にいられれば良かった……など。
 貴族としては格下の自分に、平民出身のリュウ、そしてその下っ端であるヒオリたちだったからこそ、あの場でツキヤも大した警戒もせず、その後の扱いも不問にされているのだ。もし大貴族エリュソード家の当主がいたとしたならば、問題は一気に跳ね上がり、それでは済まなかっただろう。そのことがわからないアヤセではないだろうが、それを指摘すると「そういう問題じゃありません」と悲しい顔をするばかりだ。余程、今回自分が安全な場所にいざるを得なかったことが悔しいのだろう。
 そんな養父に、サクヤは小さく苦笑した。もう何度目かになる「大丈夫」を繰り返す。
「痛かったら、俺、無理しないし。俺が痛いの嫌いなこと知ってるでしょ? その俺が平気だって言ってるんだから、信じてよ。ね?」
 アヤセは釈然としない様子ではあったが、これ以上言っても無駄だということを察したのだろう。「本当に、無理してはいけませんよ?」と念を押してくる。
 アヤセが浮かない顔をしているのは、自分のためだけでないことをサクヤは知っていた。ここのところ、ずっとミヤの様子がおかしいからだ。暗い顔をして、ふらふらと外を出歩くことも少なくなった。「お年頃もお過ぎになられて、ようやくお嬢様らしさが芽生えたのだわ」と喜ぶ女中もいるが、どうもそういう様子とはまた違うようだ。時折、アヤセを避けている様子さえ見える。
(サヴィエランスに、何か吹き込まれたかな……?)
 ミヤの変化があった時期を考えれば、それが妥当に思えた。内容も、大方予想がつく。だがきっと、自分には何もできない。きっと自分が何か言ったところで、双子の妹が納得するとは思えない。
(まぁ……いいよね。そろそろ、自覚をしてもいい頃だ)
 自分たちが育ての親のおかげで、どれだけ優遇されているかということを。そのために恩返しをしなければならないということを。アヤセはきっと否定するだろうが。
 何にせよ、この国のいろいろなものが、変わろうと動き始めている。良い方向にも、悪い方向にも。そして自分は良い方へ、育ての親が向かえるよう手助けをしなければならない。今回のアジュガの件は、まだまだ、前哨戦でしかないだろう。王家、貴族連中、庶民たち、そして隣国――皆が腹を探り合いながら、蠢いている。今回の件は、それを表面化させるに違いない。泡が水面に浮かんでくるように、じわじわと。
 やたらと怪我の調子を訊きながら世話をやこうとしてくるアヤセを笑顔であしらい――それでもなお、今後の行方を考えると緊張が走る。
(全てはこれから……ってね)
 とは言え、次の動きが現れるまでにはもうしばし時間があるだろう。今は一時の休息を楽しむべきときだ。復帰したらきっとお節介をかけてくるであろう同僚の顔を思い浮かべ、にやりとする。実直な彼は、サクヤにとって実に愛すべき友であり、玩具だ。
 そんなサクヤの様子を見て、「……少しは元気になったようで、よかったですね」とホッとした顔をする。リュウで遊ぶサクヤを見たら、アヤセは尚更安心するだろう。「すっかりいつも通りですね」とでもコメントして。
 養い親を安心させるためにも、やはり今日は職場へ行こうと改めて決意し、どのようにリュウをからかうかネタを考える。
 ――刻は、今ゆっくりと廻り始めていた。


Fin.

posted by 穐 壱 at 22:40| Comment(0) | ロート【本編】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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