2013年01月10日

Sから始まる物語 穐

こちらを更新するのは赤頭巾以来ですが、せっかく思いついたのでうpします。
今回は「白雪姫」です。
毎回の如く本来の話と全く別物になっておりますので、そういうの苦手な方はご注意願います。


「Star Lily」


「ここからもっと北に行った所に住んでいる二人組に、これを分けてきてくれないか?」

 昔からの因習と飢饉により、僅か十歳にして村から放逐されたヘンゼルとグレーテル――その二人を保護したのは、禁忌と恐れられる森に大昔から住む魔女だった。その彼女が、赤く熟れた林檎を一杯にした籠を示しながら頼みごとをしてきたとき、グレーテルは驚きを隠せなかった。
「こんな森に、あたしたち以外に誰か住んでいたの!?」
 彼女と同じ顔をした双子の兄も、隣で普段よりも目を大きく開いて魔女を見ている。彼としても、予想外の言葉だったのだろう。この森が禁忌と恐れられるのはそれなりの理由があるからであり、そんな場所にわざわざ住もうなどと考えるのは、変り者の魔女くらいだと、いちいち考えるまでもなく信じていた。
 そんな二人の反応を、魔女は苦笑気味に受け流して「そうだよ」と籠をグレーテルの方に差し出してきた。反射的にそれを受け取りながら、グレーテルは更にまじまじと魔女を見る。
 大昔からこの森に住んでいると伝えられる魔女。だがその外見は若々しく美しい。濃い金色をした髪は肩程で無造作に切られているが、それが却って彼女の飾らない魅力を引き立てている。
(ほんと、妖怪ババアなんだから)
 半ば嫉妬も含めながら、グレーテルは口を尖らせた。彼女らを森に追い立てた最大の原因である緑の髪は、お世辞にも美しいとは言い難い。――が、少なくとも自分は人間だと、グレーテルは胸中で呟く。明らかに人の力を超えた魔女と同じこの森の住人とは、一体、どんな者なのだろうか。
「でも……こんな森の中を、漠然と探して……見つかるんですか? その人たち……」
 魔女にそう訊ねたのはヘンゼルだった。ぼんやりして話を聞いていないようでも、頭の中では内容を吟味していたらしい。確かにこの森は広大で、しかも磁石も効かない。いつの間にか道を失い、この小屋に帰って来ることさえできなくなってしまうかもしれない。そしたらきっと自分たちはお仕舞だ。一度は覚悟した恐怖が、ぞくりと背筋を上ってくるのをグレーテルは感じた。
「大丈夫だ」
 そう請け負った魔女は軽く手を一振りした。すると、手の動きの残像のように光が空間に生まれ、そのライン上に青い小鳥が一羽現れた。
「この鳥が、道案内してくれる。これについていけばいい」
 道案内までつけてくれるならば、世話になっている身としては断れない。何より、この森に住む他の住人らへの興味が、今度は胸を占めた。
「なら、行ってくるわ。ね? ヘンゼル」
「うーん……オレは、出かけるよりは……本、読んでたいけど」
 物臭な兄の頭を、グレーテルは無言のまま平手で叩いた。
***

 村にいた頃はひたすら恐れていた森も、中に入って住んでみると、意外に美しく、居心地も悪くない。両手を伸ばしても回りきらない程に幹が太い木が延々と並ぶ獣道を、グレーテルとヘンゼルの二人は散歩するような足取りで進んで行く。その少し先の頭上には、魔女の出した青い鳥が二人に道を指し示していた。それを見上げながら、「一体、どんな二人なのかしらね」とグレーテルはヘンゼルに話しかけた。無口な兄は、だが話しかけられれば無視はしない。ゆっくりとした口調で、「きっと……変な人たちじゃないかな」と投げやりな返事が戻ってくる。
「……まあ、確かにこんなところに住んでる人たちだもんね。普通ではないよね、きっと」
 魔女がお裾分けに渡してこいと言った林檎は、艶やかに光っていかにも美味そうだ。グレーテルもこれでアップルパイを作ったが、村にいた頃作ったことがある数少ない経験よりも、実際に美味しくできた。だが。
(あの小屋の近くに林檎の木なんてないのに。どうやってこんな大量に手に入れたのかしら)
 大にせよ小にせよ、実にあの魔女には謎が尽きない。
「……あ」
 不意に聞こえた声に顔を上げると、ヘンゼルがぼんやりと道から外れた方向を見ていた。不思議に思ってなんとなく同じ方向を見ると、グレーテルも思わず声を漏らしてしまった。
「……なぁにあれ」
 それは、巨大な塔だった。細長い円柱を地面に突き刺したような形をしていて、周囲には蔦が巻き付いている。それが、木々の間からのぞいている。
「さぁ……あんなの、今まで気づかなかった……けど」
「そうよねぇ」
 よく見ると、塔の高い位置にはぐるりと一周するように小さな窓が幾つもついていた。だが二人のいる方から見る限りでは、そのどれもが木の板を打ち付けられて塞がれている。
「変なの……行ってみる?」
 好奇心からそう提案するが、ヘンゼルがほんの少し、眉を寄せた。あまり表情が変わらない彼がそういう顔をするときは、大抵の場合頑固な反対にあう。ヘンゼルは少し考えるように視線を彷徨わせてから前方に目を遣り、
「……そんな暇、ないみたいだけど……」
「え? あっ!」
 二人の少し先を飛んでいたはずの鳥は、随分と前方を離れて飛んでいた。謎の塔に気を取られているうちに、引き離されてしまったらしい。
「大変! 急いで追いかけなきゃっ」
 そう、籠から中身がこぼれないように支えながら、グレーテルは不安定な地面を走り出した。後ろからヘンゼルがついてくるのが足音で判る。
 その頃には――得体の知れない古びた塔のことなど、すっかり忘れてしまっていた。
***

 青い鳥が止まったのは、それからしばらくしてからだった。森の中に、唐突にぽつんと一軒の小屋が建っていた。屋根がやたらと大きく不格好で、ぱっと見た感じでは茸のようにも見える。その屋根の上に、鳥がゆっくりと旋回してから泊まる。
「ここ、かしら」
「そうじゃない……? 案内役が、そう言ってるんだし」
 無責任にも聞こえる口調のヘンゼルの言葉に「それはそうだ」と納得し、グレーテルは迷わずその小屋の扉をノックした。
「ごめんくださーい」
「……はい?」
 扉の奥から、くぐもった声が返ってくる。ほとんど同時に物音が聞こえたかと思うと、目の前の扉ががちゃりと無造作に開けられた。
 出てきたのは、少女だった。グレーテルたちよりも少し年上だろうか。背も幾らか高い。背中まで伸ばされた髪は黒々として美しく、その青い目も大きくて愛らしい。肌は白く、だが頬は朱に染まっていて不健康的ではない。
(美少女ってやつじゃない……)
 あまりの愛らしい外見に、却って呆れてしまう。少女の美しさは人間離れしていて、実は人形だと言われた方がしっくりきてしまいそうなくらいだ。年齢からかけ離れた魔女の風貌の異様さに通じるものがある。
「……あなたたち、どなたかしら?」
 声もまるで、鈴を転がしたような音色だ。グレーテルは「えーと」と頬を利き手で掻きながら、もう一方の手で籠を少女に差し出した。
「これ、魔女のバアさんからお裾わけに持ってけって言われたんだけど……」
「まあ、あの恐ろしい魔女が?」
 大きな目をこぼれそうな程に見開き、しなやかな両手の指をそろえて口元に当て、少女が言う。大仰なその仕草に苛立ちを覚えながら、「何が恐ろしいのよ」とぼそりとグレーテルは呟いた。それが聞こえていたらしい。少女は手を口元から離して「だって、言葉遣いが乱暴で怖いんですもの」と恥じらうように目を伏せた。長い睫毛が目に影を落とす。
(うあぁぁぁぁ……)
 苛々するというよりも、もっと根本的に受け付けない。嫉妬をするには少女は美しすぎて、そんな気分にもならない。きっとそういうものを超えた、生理的な部分での反応なのだろう。ちらっとヘンゼルを見ると、双子の兄は人形のような少女をまじまじと見つめていた。見惚れているのかと一瞬思ったが、首を傾げたり眉を軽く寄せたりと反応がおかしい。
「どうしたの? ヘッゼ」
「……いや。なんか、ちょっと…………よく解んない」
 実に要領の得ない回答だ。
 ふと、手が軽くなる。正面に向き直ると、少女がグレーテルの手から籠を受け取ったところだった。
「わたくし、魔女は恐ろしいけれど、林檎は好きですのよ」
 そう、にっこりと微笑む。途端、周囲に大輪の花が咲いたかのような錯覚さえ受ける。
(なんてゆーか……うーん)
 グレーテルが腕を組んで唸っていると、その手にそっと、白い指が添えられた。
「せっかくいらして下さったんですもの。寄って、お茶でも一緒にいかが?」
 無邪気な笑顔とは、こういうもののことを言うのだろうか――逆に性質が悪いと、グレーテルは思わずにはいられなかった。
 しかし、確かに歩いてきて少し喉も乾いた。それに、魔女の話ではここにはもう一人住んでいるという。毒を食らわば皿までだ。
「ねぇ、せっかくだしお呼ばれしましょうよ」
 そう言うと、すっかりいつも通りぼんやりとした顔をしていたヘンゼルは一度軽く首を傾げてからこくりと頷いた。
 ――小屋の中は、魔女の家よりはやや狭かったが、二階建てになっているらしい。奥には木製の螺旋階段があった。
「ねぇ、もう一人住んでいるんでしょ? その人は?」
「あぁ。コビトさんなら、今はお出かけ中ですわ」
 どうやら住人のもう一人は「コビト」というらしい。あだ名なのか、本当の名前なのかは判らないが。何にせよ、期待していたもう一人に会えないのは少し残念だった。
 少女はそんなグレーテルの様子など意に介さないように、部屋の中央にある丸いテーブルと共にある椅子に座り、「紅茶はそこの棚にありますの。カップはそちら」とのたまわった。え、と見返すが少女はにこにことしたまま動かない。どうやら、自分で淹れろということらしい。
(……まぁ、いいけど別に)
 腹が立つ気も起きず、呆れ気味に頭を掻きながら遠慮なく棚を物色する。どうせなら良い茶葉を使ってやろうと思うが、悲しい哉、エッタには紅茶の良し悪しなど判らない。結局適当なものを選んで作り、三つのカップに注ぐ。
 運ばれてきたそれを当然の如く笑顔で受け取り、少女は「そういえば自己紹介がまだでしたわ」などと言い出した。
「わたくし、白雪姫と申しますわ。以後お見知り置き下さいませね」
「しらゆき、ひめ」
 鸚鵡返しに呟く口元が引き攣ってしまうのは隠せなかった。
(自分を「姫」だなんて呼ぶ人種、初めて会ったわ……)
 また、それが滑稽でない程に似合っているのが何とも言い難い。
「……あたしは、グレーテル。こっちは、兄のヘンゼル」
 そう、自分の隣で紅茶を啜るヘンゼルを指しながら紹介し返す。
「グレーテルさまに、ヘンゼルさまですわね。わたくし、この森で自分より年下の方にお会いしたのは初めてですわ」
 自分の名前に「様」を付けて呼ばれるむず痒さに耐えながら、「ふぅん」と気のない相槌を打つ。
「あ、でも。そういえばその……白雪……姫、は。どうして、こんな森に住んでいるの? ここって、普通の人なら、なかなか住もうとはしないって思うんだけど……」
 どうせならこの機会に疑問は少しでも解消しておこうと、少し自棄な気持ちで質問する。暗に「変人」と呼ばわりされたことには気づかなかったのか、「それは難しいご質問ですわ」と、白雪姫は小首を傾げた。その仕草がまた愛らしい。だが次の言葉は、少なからず彼女を困惑させた。
「わたくし、気がついたらこの森に住んでましたのよ」
「え……?」
 それは予想外の理由だったため、エッタは次の言葉が出なかった。ヘンゼルも、じっと白雪姫を見ている。だが、白雪姫はそれ以上話すつもりはないらしく、「林檎、本当に美味しそうですわねぇ」と籠の中の一つを手に取っていた。
「赤くて瑞々しくて。いただきますわね」
「え? あ……」
 その言葉の意味を頭で処理する前に、白雪姫は林檎にかぶりついた。しゃりっと小気味の良い音がする。
「ん……美味しいですわ」
 飛び切りの笑顔でそう言われては、止めるのも躊躇われる。人形のような少女はそのまま林檎を齧り続ける。
「はむ……ん、あむ……ん……ン、んんッ!?」
 唐突に、少女の顔色が変わる。苦しげに眉を寄せ、繊細な指は喉元を押さえている。
「かは……っ」
「え……何? どうしたの?」
 「……もしかして」とヘンゼルが落ち着き払って言う。
「林檎が、詰まったんじゃない……?」
「えぇっ!?」
 言われてみれば、喉を押さえて悲壮な顔をしている白雪姫の様子は、そのようにも見える。
「もうっ! そのままかぶりついてがっつくからよッ」
 グレーテルが慌ててその華奢な背中を叩いてやると、痞えは直ぐに取れたようで白雪姫の呼吸が元に戻る。呼吸ができなかったせいか大きな目は潤み、朱色の頬はますます紅潮していた。
「助かり……ましたわ」
「もぉ……ちょっとはしっかりしなさいよ!」
 年上の相手になかなか言う台詞ではないが、今はもうそれしか言いようがない。グレーテルは捲し立てるように続けた。
「大体、客に飲み物用意させるわ一人で物食べ始めるわそれを喉に痞えさせて呼吸できなくなるわ! もうちょっと考えなさいよねッ」
 グレーテルの言葉に、美しい少女はしゅんと項垂れた。たったそれだけのことで、不思議なくらい酷く罪悪感が込み上げてくる。
(あ、あたしは間違ったことなんて言ってないわ!)
 そう自己弁護しなければならない気分になるのは何故だろう。
 少女は「申し訳ありませんわ……」とすっかり愁傷ぶり、
「グレーテル様の言う通りですわ……わたくし、おかしなことをしていましたのね……。コビトにも、よく言われますのよ。『もうちょっと考えて行動しろ』と。反省いたしますわ」
 「反省」という言葉を軽々しく口にする奴に本当に反省する者はいないとグレーテルは思っていたが、白雪姫の表情は実に沈痛なものだった。やっぱり初対面でちょっと言い過ぎただろうか、とグレーテルも居た堪れない気持ちになる。平然とした顔をしているのはヘンゼルだけだ。
「でも……」
 白雪姫がぱっと顔を上げる。その表情は打って変わって、どこか明るい。そのまま、傍らにいるグレーテルの手をそっと握ってきた。大きな青い目を輝かせて。
「恐ろしい魔女の林檎からわたくしのことを守って下さり、あまつさえそのような叱咤のお言葉を下さるなんて……なんと素晴らしいお方でしょう! グレーテル様は、わたくしの王子様ですわ」
「お、おおぢさま?」
 意味が解らない。解らないまま繰り返すグレーテルに、「えぇ」と白雪姫が頷く。
「どうぞ、お姉様とお呼びさせて下さいませ。――グレーテルお姉様」
 そう言って、人形のように美しい少女が満開の笑顔を見せた。途端、彼女の後ろの何もない空間に、頭を垂れて咲く、白く麗しい花の幻影が見えるようで。
 明らかに年下に向かって「お姉様」って何だとか結局言われたこと直すつもりあるのかとかいろいろ言いたいことはあったが、それらは言葉にはならなかった。
「……お」
「お、何ですの? お姉様」
 きらきらと、輝く笑顔で訊ねてくる白雪姫に。
「おじゃましましたああぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「あ――お姉様っ?」
 我関せずと未だに紅茶を啜っているヘンゼルの襟首をつかみ、叫びながらその小屋を飛び出す。引き止める内容の愛らしい声が聞こえたような気がしたが、それも全力で無視する。慌てたように羽ばたいてきた青い鳥が再び先導に立とうとするが、そんなものはもう目に入らなかった。その場から離れることだけを考え、ひたすらに走る。
 何故自分はこんなにも必死に走っているのだろうか。その理由も特には思いつかない。ただ本能が、この場から離れろと警告を出している。いや、きっとその理由も本当は解ってはいる。それを頭が否定しているだけだ。あの美しい少女が背に負う花が――何より、それに飲み込まれそうになる自分がただただ恐ろしかったということを。

 ――予想よりもはるかに遅い時刻になっても帰ってこない二人を気にかけた魔女が魔法で彼女らを捜しに行くと、森の一角で青い顔をして息を切らしているグレーテルと、それに引きずり回されぐったりと蹲るヘンゼルを見つけたというのは、当事者たち以外にとってはまあどうでもいい話である。






posted by 穐 壱 at 22:36| Comment(0) | 連載『匣の森』 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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